勉強には強制力が必要だ

インターネットを利用した学習プログラムが増えている。「スタディサプリ」「すらら」などはその一例だろう。これ、自分で練習をして成績を上げることの出来る人間ならば旧来型の問題集でもアプリでも何でも構わないのだ。

問題は、小中学生を中心に「勉強には強制力が必要だ」というキーワードを大人側は忘れてはならないことだ。

小中学生に勉強を仕向けるには、一定以上の強制力、圧力が適度に必要になる。いや、強制力の働かない学校や塾や家庭教師は何の意味もない。「自分から能動的に学び、考える」ということは理想であるけれども、しょせん絵に描いた餅に過ぎない。誰だって楽なほうに、辛くない方に流されていく。ある年齢になると、「自分にとって楽だけど意味がないこと」「自分にとって大変だけど意味のあること」の違いが分かってくるから、場面に応じて自分に負荷を掛けられるようになる。

でも、小中学生にこれを要求するのは難しい。ある程度の強制力・圧力をかけていかないと成長しない年齢というものがある。と、考えた時に必ずしもインターネットを利用した学習プログラムが最適解だとはとても言いがたい。だからといって従来型の対面式の授業法のみが唯一の答えだとも私は思ってはいない。

宿題をしなければならない空気、慎重に問題を解かなければならない空気、テストに備える緊張感、目標に到達したい自分の思い。こういった内外の無言の圧力こそ、人間を成長させるのはいつの時代も変わらないであろう。この視点がなければ、「今流行りのネット学習がいいんじゃないの」「個別塾かな」「家庭教師よねえ」と手前の道具選びで右往左往するだけで時間ばかりが過ぎていく。